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意味と意義には意味はあるのか?

 うおおおおおおお!!雪が降っている!!お帰り!ジョーーン!!

 二日連続で新歓に関するミートがありましたよ。面倒くさくはないし、しんどいことは何一つやっていないし、皆いい奴だから、俺の負担はほとんどないんだけど、

 やっぱり、気は重いね!
 
 これからのこと考えるとさ。意味もなく不安になってしまいそうだよ。そこらへんが俺のネガティブクオリティ!格好悪いけど、俺らしいぞ!!
 いいね、自分らしいって。分不相応に生きたらきっと歪みが生まれるもん。己の能力の100%を知らなければ、100%の成果はあげられないって松井も言っていたもん。
 ま、知るためにはたくさん経験しなきゃいけないんだけど。

 

 今日はいきなりコメントバック
>atsushi  五月蝿い。

 でも、まあ長いというのはおれ自身最近感じていたことだからなあ。反省はしておこう。考えがまとまりきっていないのに書いている感じが最近はあったから。でもまあ、俺のブログは俺の王国だから、俺の好き勝手にしていいよねん。




 そんなわけで閑話休題。
 意味と意義について。今まで言ってきたことと多少かぶるけど。
 考えたきっかけは、ゼミのOBの方とお話したこと。ゼミの活動の相談みたいなことをしていたら、「何で、それをするの?」と何度と聞かれた。
 その活動は、毎年そのゼミでは行われている活動で、義務ではないもののゼミ内での活動の方向性としては固定されている感がある。
 それを行うのは自分たちの意思で、「面白そうだから」という理由はあるものの、他の面白そうな活動を見つけるのではなく、先人たちの残した面白いものを自分たちもやる、というだけだ。

 だから、「なんで?」と聞かれても、面白そうだからとしか答えようがなくて、それの返事はどうしてもこじつけくさくなってしまう。


 よく、意味や、意義を問われることが多い。なぜやるのか。何のために?

 
 僕はよく言っているけど、「なぜやるか」とは考えず、「やらなくてはならないから」と思い、その義務感や強迫観念にしたがって生きている感じがある人間だ。深く考えることなく、目の前の仕事や何かをこなしていく。義務のように感じているとはいえ、明確に強制されたものではないから、それなりにやりがいや楽しさは見つけられる。

 僕は人間は直情的で、本人の口にする意味などは跡付け、もしくは事後的に自分を理解した結果語れるものだと思っている。
 結局、比較的複雑な本能に従って人間は生きていることが多いと考えているわけ。

 軽く自己正当化の理論ではある。自分が何でも義務感に従ってやっているから、意味や意義なんて言い訳や、後付なんだって思いたいんだとは思う。


 やりたいからやる。それではいけないのだろうか。おそらく、こう反論されるだろう。

「それでは、やっている間に多くの選択肢が現れたとき、行き当たりばったりになり、いい結果は生まれない」
「どんなにいい結果がでても、自分のそれに関しての意味づけを出来ないのだからそれに満足するだけで終わってしまう。」


 って感じかな?ま、そりゃそうだ。誰かにやらされている感が抜けなければ、いつまでたってもその結果はその目に見えない誰かのためでとしか感じることが出来ないだろうからな。

 意味や意義付けはやはり大事なんだろうか?

 でも、無理やりつけていたら、結局は同じだと思う。意味をつけるというその行為それ自体に義務感を感じていては、達成後その意味を「達成してあげましたよ」って思ってしまう。


 ある程度年輪を経れば、目の前の事象に対して、自分の方向性を経験的に判断し、目指したい、目指すべき目標や意義を見出せるだろう。
 ある種の予測、予見といってもいいかもしれない。
 

 けど、僕のような若造では全てのものの自分にもたらしうるであろう意義も意味も分からない。判断力も経験も不足している。


 だから、僕ら若者はたとえ、無意味でも愚直にあらゆることに挑戦し続けるべきなのだろう。
 その中でも確かに楽しいこと、有意義であることは感じられるのだから。

 その中で経験をし、自分がどういう方向性を常に求めているのか。自分が何が出来、それをどう伸ばしたいと考えているのか。

 その直情的な行動の中に一定の法則を見つけ、自分の中で常にそれを出せるロジックを組み立てるべきなのだろう。



  結局長くなっている・・・・。気にすんな!

 以上!!!
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【2006/02/27 17:08】 URL | #-[ 編集]


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