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 お久しぶりの更新です。

 公務員のお勉強にそろそろ嫌気がさしてきて、ちょっと病んできた今日この頃です。

 口癖がまた「あー面倒くせ」になってきました。一日20回は言ってます。


 相当長くなりそうなので、Read Moreに移ります。

 注意!ここから先はただの愚痴です。読んでもつまらないです。俺の心のストレスのはけ口でしかありませんから。


 俺は本質的にお勉強が嫌いなんだけど、あらゆる学問が知的好奇心をくすぐられるより早く、お勉強に見えてしまい、しかも嫌いなはずのお勉強をサボるのはもっと嫌いというなんかヤな性格です。

 母親に確認を取ってみたところ、俺の「面倒くせー」という口癖は中学2年の頃には言い始めていたようで、根は相当深そうです。今日はそれの分析でもしてストレス解消しようかな、と。

 ぶっちゃけ最近予備校の授業とその復習、行き来、漫画立ち読み、PCのメールチェックぐらいしかしてません。なんか自発的に動くのが億劫で・・・。こういう時はイライラしてしまっているようで、サークルに流すMLでもそれが伝わってしまうのかなんか、数人にさりげなく心配されましたo...rz


 すんません。イライラしたり、愚痴ったりするのは、「みんなかわいそうな僕に構ってー」という単なるわがままなんで、無視してくれていいですよ。
 しかし、人付き合いまで億劫になりだしたら末期症状なので、気をつけないと。こう人としての尊厳が危なくなるしね。



 
 閑話休題



 さっきも言ったが、僕の最近の口癖は「面倒くさい」だ。


 では、何が面倒なのか?現時点では簡単だ。公務員になるための勉強だ。

 あいにく、「生きること」が面倒になるほどは止んでいない。残念でした。

 そこで公務員の勉強がなくなったら、面倒じゃなくなるのか?
 とりあえず、将来に目を瞑って今現時点のことだけを考えて考察を進める。

 公務員試験の勉強がなくなる。そうしたら、その時点でサボりまくっていたゼミに参加できるようになる。アレはアレで充実感こそ味わえるが、仕事量は多くて絶対に僕は「面倒」になる。
 
 じゃあ、それも止めてみる。
 
 次に新学期が始まる。
 大学の授業もテストに繋がっていくことを考えるとやっぱり面倒だ。

 それも止める。

 模擬国もリサーチは面倒でしょうがない。やっぱり止める。

 そうなるとゼミもサークルもないから、結果として人付き合いもストップする。ゼミ、サークル以外の場で会う機会は元々少なかったし。


 はてさてそのとき僕は何をしていよう。

 とりあえず、毎週週間雑誌を読んで、数年前に買ったままクリアーしてないゲームをする。
 それが終わったら?

 何もないなあ。

 うわー、面倒なもの全部なくしたらただの引きこもりや、NEETじゃん、俺。

 ここで、僕の思考はそもそも僕がどういう人間なのか。そこに行き着いた。


 昔から僕の目の前のものは、極論を言うならば、全て「仕事」と「余暇」この二つしかなかった。


 有名な話だが、人にパズルをやらせるとき、金銭的な報酬を与えた途端パズルの能率が落ちるという実験がある。


 僕は昔からお勉強は人に褒められ、優越感を得る手段であったような気がする。「いい点」をとることで得られる報酬のために勉強をしていた。

 それに全精力を傾けるから、それ以外の時間は余暇であり、余暇中に何が悲しくて勉強をしなければならないんだ、そういう考えに行き着く。




 そう、僕にとってやらなければならないこと意外は全て余暇であり、そこに「やらなければならないもの」と限りなく類似的なものを介入させることは余暇の侵食に過ぎず、結果その時点でその行為は余暇ではなくなり、新たな仕事としてしか認識できなくなるのだと思う。



 そのやらなければならない仕事こそ「面倒くさい」物であり、その面倒くさいものこそが僕に社会とのかかわりを持たせ、かつ引きこもりを防いできてくれたのだ。

 残念なことに。



 つまり、こうだ。僕は面倒くさいことがない限り人として生きていけない。


 この面倒くささはそれこそ「生きること」それ自体に面倒になるまでは事故や病気や老衰で死ぬまで続く。


 僕にとっては社会的に全うに生きていくことそれ自体が面倒くさいことであり、しかし、面倒くさがっているうちは己の快楽以外に接しているという命綱なのだ。


 ちぇ。この面倒くささとは一生付き合っていかなきゃならないのか。


 面倒くせーなあ。


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