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大人の階段に関する2、3の考察

久しぶりに長くて恥ずかしい文章を書いて羞恥プレーに走ります。

自分、中二病っスから
中二病の詳しい内容については、(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%BA%8C%E7%97%85)を参照してくれ。


最近読んだ小説の中でこんな一節がありました。

「誰かがうまく大人になれないのは子供の時間に子供であることに失敗したからだ
成熟仕切れない自分への疑念がしこりのように残り続ける」



なるほど、一理あるなあ。自分にも当てはまる気がするし。と思ったので、徒然なるままに書いてみます。
「子どもであること」というのは、他人を顧みず自己中心的であることということにして話を進めます。(心理学の授業かなんかで自己中心性というのは子どもの特徴だって言ってた気がするし)


では「子どもであること」がなぜ「大人になること」に必要なのか。

まず、「子どもであること」に失敗するとはどういうことか。
言ってしまえば「いい子ちゃん」でいることでしょう。学校はサボらない。先生や親にしかられるようなことはしない。友人付き合いを学業に支障をきたさない程度にこなす。
ようは、自分の行動原理に他人を意識し反映させているということ。自己中心的でないことです。そのまんま。


人の時間というのは連続しているから振り返ってる時以外はその断絶した面を見ることができない。しかも過去というのは今に続く断続的な認識なわけだからこれまた意外と見るのが難しい。

つまり、振り返った時に分かりやすい断絶が今と過去にない限り、人は自分に関する過去からの変化を見出せないのではないでしょうか。

話を戻してみる。
「子どもであることを失敗した」というのは自己中心的でないということ。つまり、精神的に未成熟なのにも関わらず、大人から見れば「大人らしく」振舞えるということなのだ。
そしてたいていその本人もそれが「大人らしく」振舞えているということに自覚的だし、それが子ども時代は評価につながるので「子どもであること」を失敗し続けるのだ。
しかし、こういう奴に限って自分が未成熟であることにも自覚的だったりするのだ。周囲の目を気にしながら行動している分大人というものがどういう風に行動しているのかを観察し続けなくちゃいけないし、だからこそ大人の庇護の下での「大人らしさ」と言うことが意識されてしまう。

だから、こういう輩は周りよりは大人らしいけど、全く大人には敵わないという自覚をもってしまう。

こういう賢しいガキにはまず劇的な変化は起きない。冒険もしないし、失敗らしい失敗もしない。知恵ばかり付くけど子ども時代からそうしているのだからそれは成長ではなく、学習でしかないと認識する。
そして思春期を過ぎた頃になると周囲の子どもが「子どもの時間」を終えてくる。(中には終えないのもいるけど)そうなると大変だ。十数年のキャリアがあるから大人らしく振舞うことをしくじることはないだろう。だけど、周囲からの評価を行動原理にしてきたぶん、「子どもの時間」を終えた周りの連中との差異化ができなくなってしまうからだ。これまで「大人らしく」振舞えればよかったのに、もう「大人」にならなくてはならない。

けど、これまで断続的に「大人らしく」いたんだからいまさらホントの大人になれといわれてもねえ。だから、自分は大人になれないという強迫観念のようなものに覆われてしまう。「子どもの時間」何の成長(変化)もしていないという自覚だけが残ってしまう。

そこで「自分はこんなものじゃない、まだ成長の余地が残っている」と思うもよし、「自分は大人になれないまま大人モドキとして生きていかなくてはならない」と卑下してあきらめるもよし。


なんにせよ、過去の自分から刷新された新しい自分と言うのがないから、自分を疑い続けないとならない。


僕はこれから社会人になるわけだけど、こういう疑いと一生付き合っていかなければならないと思うとちょっとうんざりするね。でも、もう代えられない。今からできる劇的な変化って、「大人の時間」なのに「子どもであろうとする」ことだから、それこそアホだし
ま、思い出さないように忘れながらいかないとね。


そんな感じ?
以上!
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著作権とデジタルコンテンツに関する2、3の考察

この間の土曜日、大学で
「コンテンツ振興のための次世代制度を考える」というシンポジウムが行われているので行ってきました。
シンポジウムの詳しい内容に関しては
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0801/28/news012.htmlを参照してください。いろいろ描いてあります。あと、最近うちのゼミで大人気(?)の東浩紀氏もこれに関してコメント残してるようなので、こちらもあわせて
東浩紀の渦状言論
http://www.hirokiazuma.com/archives/000364.html
http://www.hirokiazuma.com/archives/000365.html

あと、島本先生のブログも
島本の感想文
http://simamotoblog.zenryokutei.com/?eid=678334

ゼミの卒論の関係で「スーパーフラット」とか「P2P」とかその手の単語を聞きまくっていた自分としては自然な流れでしょう。





・・・・・・・・・・・すんません。ウソです
パネラーの一人に私が敬愛してやまない漫画家の島本和彦先生がいたからです。「逆境ナイン」の作者です。「吼えろペン」とかも書いてる人です。分からない人はマンガを貸しましょう。
その時島本先生のサインをいただけたので俺としてはシンポジウムに出向いた目的の9割9部9厘は果たせたのですが、その時いろいろ考えたので、ついでだからここに残しときます。忘れないように。
俺が見ていたパネルディスカッションは「著作権と関連制度は以下に創造社会を生み出せるか」というもの。

正直結構ちんぷんかんぷんな話も多かったし、法律や制度に関しては完全に素人なので、詳しい内容は当然はしょるけどその中で法政大学から来た白田さんという人の提案した意見が現実的ではないかもしれないけれど、説得力はあったし、自分も一部共感できたので紹介してみます。ちなみに、一部なのは話がこんがらがって一部しか理解できなかったからorzって前置きが長い!

閑話休題

その白田さんが提案していたのが、国を利用しようというもの。まず、著作権はそのままにするか、それこそなくしてしまう。それから、税金なり何なりで金をプールする。そして投票制度なりなんなりで作家や作品ごとに番付をつくってその順位にあわせて配当金みたいな感じで金が配分されていくというもの。
これだと、同人活動や個人のHPによる版権のイラストなんかが作家と作品のための宣伝活動になるので、目くじら立てなくてもいいという論理ですね。

なるほどー!!と聞いた時思いました。同人誌や個人のサイトから本当の作品のほうに興味を持つ人って結構いると思うし、amazonのレビューだって広義ではこれとおんなじことをしてるんだから。


でも、聞いていて思ったのは、こういう同人誌やサイトで捜索している人っていうのは多かれ少なかれ作品や作者へのリスペクトの気持ちからスタートしているし、コミケというものに行ったことのない俺だけど、ああいうのが作者を脅かすほど儲けているとは思えない。YouTubeやにこにこ動画でのいわゆるMAD動画だってそうだ。素材は著作権の付いてるものかもしれないけど、まあ、イメージを悪くするようなのは一部だし、それで作品や作者の評判が下ったなんて聞いたことない。

んで、むしろこういう著作権と金とネットの問題を扱うのだったら、一番の問題は著作権の絡む作品をそのままネット上に放出していることのほう。いわゆるWinnyみたいなやつで日本で公開前の映画やDVDも出ていないような作品が流出している。海外のサイト、中国のなんかはすごい。ググルと意図せず出てくることあるけど、すごいよ。ほんと。
こういうのは、作品の宣伝にはつながるかもしれないけれど、売り上げにつながらない可能性は高い。紙で呼んだほうが小説やマンガはいいに決まっているけれど、気にしない人は本当に気にしない。ブックオフが流行っているのを見れば、新品にこだわらない人が多いのが伺える。

白田さんの手法なら、プールされた金が人気に呼応して作者に行くわけだからいいかもしれないけれど、それで作者たちが生活できるかと言われたら応えは限りなくNoだろう。
WinnyやYouTubeなんかにアップする大元の人はファンで買っているのだろうけど、そういう人たちだけの売り上げで作者の人たちが食っていけるのかといわれたら微妙だろう。
DRMを全てのコンテンツにつけようという一見無茶な施策だって、そういうのの加工を防ぐと言うより、配布を防ぐためと言う色合いが強いんじゃないだろうか。ただ、こういうので配布されるのと、MAD動画や同人誌との境というのが多分情報のデータ上は大差ないんだろうなあ。


島本和彦先生の作品の中の台詞に「プロなんてものは、なったもの勝ちだ!!」っていうのがあるんだけど、プロになるというのはパッケージングされた作品が販売されるという儀式の上に成り立つのであり、その儀式を経たものはクオリティの高さからリスペクトされていわゆる二次創作というのにいく。これ自体は俺は悪いことだとは思わないし、参加していたパネラーの方々も思っていなさそうだった。
だから、儀式を通過した作品をそのまま流通とは違う経路に流しちゃうことのほうを同防ぐかを考えなくてはならないんじゃないだろうか。白田さんのはすごいいいアイディアだと思うし、これはこれで実現したら色々な問題が解消されそうだけど、いろいろなコンテンツが商業的なものである以上ダダ漏れのほうはダダ漏れの方で何とかしなくてはならない。

じゃあ、どうすんだよって言われても僕は専門家じゃないんで。
パネルディスカッションでも少し言われてたけど、インターネットの匿名性に関する妄信を是正していくしかないんじゃないでしょうか。インターネット上で何かするたびに足跡やなんかでIPアドレスはばれまくっているし、こういうのを節度を持って監視して悪いことしたら見せしめに損害賠償で血祭りって感じにするのが現実的か?


それか、インターネットのADSLや光の契約料金を値上げして、広告料の変わりに制作会社や作者の収入に当てる、とか


まあ、よく分かんね。以上っ!!



フリーペーパーは広告の未来の夢を見るか。

最近フリーペーパーが熱い。

これのブログを読んでくれているのは基本俺の友人達の筈なので、きっと一度や二度は持ち帰ったことがあるでしょう。若いんだし。馬場のあちこちにあるし。

タダより安いものはないし。

R25ホットペッパー、、最近では漫画専用のフリーペーパー「コミックガンボ」なんていうのもある。実は行政も選挙促進の為にフリーペーパーを作ったことがあるぐらいだ。

とにかく、フリーペーパーだ。ネコも杓子もフリーペーパーと言った感じである。ちょっと前まではバイトの求人や不動産の紹介ぐらいしかなかったのに、今では表紙も凝りに凝って、すごい力の入れようだ。元とれてるのかしらん。

特にR25は本が出ちゃうくらいすごい人気だ。オリジナルの記事と広告と一体化した記事なのか広告なのか分からない掲載をすることで紙面を盛り上げている。いい紙質のを最初は採算度外視で使ったのは有名なエピソードだ。

ただ、R25のすごさは今回の記事の趣旨ではないのでこれくらいにするが、こういったフリーペーパーは基本的に広告料で成り立っている。クーポンや、記事の形など色々あるが、要は多くのスポンサーが広告を載せてもらう変わりにお金出してる。
これはすごいことのようだけど、ようはテレビやラジオの広告の広告と一緒で、雑誌がテレビやラジオに追いついてきたと言えるのかもしれない。どちらも公に情報を発信すると言う意味では同じだし、インターネットやらで情報が溢れかえっている今は、お金出して情報を買う人が減っているのかもしれないし。


では、フリーペーパーは既存の雑誌にとって変わりうるのか?

んなわけねーわな。どうしても薄いし、内容も金を出す雑誌と比べるとどうしても内容がアレになるのは否めない。まあ、そこで興味持ってもらって、次にもっと専門的な雑誌にとかいう流し方もあるかもだけど。やっぱり、すみわけ、という形になるのは目に見えている。

金を払ってでもほしい雑誌っていうのはやっぱりあるし、漫画や小説系の雑誌だったら単行本にしてそこから、金もふんだくれる。
専門誌はそもそも発行部数そのものが少ないし、買う人はたいてい次の号も買うぐらい好きだから問題もない。
これまで築いてきた城っていうのはそう簡単に壊れやしない。

また、正直フリーペーパー、良いとこずくめではない。
最近駅で捨てられたフリーペーパーに顔をしかめた人は一人や二人ではない筈だし、こう種類が多いと差別化も難しくなっていく。
まあ、フリーペーパーの定義そのものをあいまいで、それこそ、販促用のパンフレットだってフリーペーパーには違いない。だってタダの冊子だもん。


多くの企業が広告目的で出資し、それを編集したものをフリーペーパーとここでは定義しておく。

だとして、それが今後も栄えるかだけど、個人的にはNoといいたいのでその方向で無理やり考えてく。

フリーペーパーが乱立して、社会の燃えるごみが増えることは、かえって企業イメージを悪くしかねない。
また、アルバイト情報や住宅情報、はたまた25歳以上向けのマルチ情報とジャンルにいとまないフリーペーパーだけど、本来雑誌は専門特化しており、ターゲットの訴求がしやすいのが利点である。

しかし、フリーペーパーはそうも行かない。もちろん、専門特化していることが多いのだけど、なにしろ、販売できない。配布するしかないのだからターゲットが絞りにくいだろう。

R25のようにサラリーマンが通る駅中に配置とかある程度はコントロールできても、書店のように、コーナーがあって自主的に接して購入みたいな流れは出来ないよな。

ターゲットに訴求出来ない以上ある程度どの世代、どの性別にも訴求できるような広告がメインにならざるを得なくなる。テレビCMと同じだ。大雑把な絞込みしか出来ない。

あり?さっき、俺フリーペーパーの広告がテレビの広告と同じようになったって書いたぞ!

あー、結局そういう結論になるのかー。
けど、テレビほど積極的に多額の金を出すスポンサーがフリーペーパーでは、テレビほど充実したラインナップの提供もしにくい。


結局多少やすっぽくても、タダにしては高い質という目新しさが消えてから生き残れるかが勝負の分かれ目になっていくだろう。
出来なければ、廃れるのも時間の問題ではないだろうか

以上!!
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MACのCMに関する2、3の考察

 たまには、広告関連のゼミに所属しているってところを見せようと、しているわけじゃないけど、久々にテレビ見てたら、すごいテレビCMがあったので、思わず記事にしました。

 まずは、このCMを見てください。




 見た?すごくない?すごいでしょ!?
 何がすごいって、白昼堂々appleがMicrosftに喧嘩売ってるんだよ!?

 パソコン君とMac君は両方MSOffice使えるけど、パソコン君はまめに再起動しなくちゃならないんだよ!?
 フリーズしちゃうんだよ!!おお!Windows95とか思い出すね!


 比較広告が日本でもやってもO.Kなのは知っていたけど、ここまであからさまに他者の製品を髣髴させ、かつ自分達の絶対優位性を示してきたのは、僕の記憶だと、湯川専務のドリームキャストのCM以来だよ!

 Windows Vistaが出たのを受けてのなのかも知れないけど、appleもだまって指くわえてみておく気はないって事でしょう!

 しかも、家族に感想を聞いてみたら、全然、気にしていない模様。なんのCMかも分かってないみたい。

 PCに興味がない人には単なる面白CMとしか移らないさじ加減?


 やるじゃねえか!格好良いぞ!!

くよくよするもんじゃない。肝心なのは、ねえ、望んだり、生きたりすることに飽きないことだよ。(ロマン・ロラン「ジャン・クリストフ」より)

 今日の朝「はなまるマーケット」を見ていたら、

 はい、ここは突っ込むところじゃないよ。朝9時前後に起きてたら、そりゃ見るテレビ番組も自然とこうなってくるさ。

 とにかく!!はなまるマーケットをみていた。
 そしたら、丈夫な骨の特集をしていて、

「骨も新陳代謝していて、約3年で新しくなると言われています。」と言っていた。
 知っていたけどまたこう、妄想を駆り立てるワードだった。

 骨が三年でもう、前の骨じゃなくなってまったく新しいものになっている。体中の細胞は生まれたときから分裂を繰り返して増殖し、僕をここまで成長させ、新陳代謝を21年も繰り返してきた。


 創業以来、同じ釜を使ってタレを足しながら使っているとかいううなぎ屋を思い出した。

 もうそのたれが元のそれとはぜんぜん違うものになっているとしても、多くの人はそれを同じだと思っている。けど、中の元素とかはぜんぜん違うものになっているはずで、こっちがそうだと思っているからそれは「それ」なのだ。

 そして、僕の体もきっと生まれたときと全く同じものはもう何一つ残っていないのだとしたら、僕が僕を、僕だと思うための意識である電気信号を生み出しているものだって、10年前のそれとは違い、僕自身が僕だと思っているから僕は僕なのだけど、僕はもう僕の体じゃない。それなのに、僕を構成するものが変わっても僕は僕なのか。

 僕を僕と思うための心を創る物理的なものが全て摩り替わっていても僕が僕と思う限り、僕は僕なのか。

 そもそも僕はきちんと断続的に僕を僕と思い続けてきたのか。

 なーんてことを考えました。

 でも、人間の心の元がこんな風に代わっていっても僕の心は変わらず僕でいられるなら、いつの日か体を全部取り替えても生きていくことができそうな気がするね。



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